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八月~地蔵盆とおいもさんの蒸したん プリント メール
作者 たきねきょうこ   

街角の地蔵盆 さて、地蔵盆のお楽しみのスケジュールはというと、まず初日(二十二日頃)の朝の百万遍。これは、数珠まわしと呼ばれ、大きな数珠を輪になって子供らがかこみ、念仏を唱えながら回していくというもの。中に何個か組み込まれているひときわ大きな数珠玉のついたふさがまわってくる度、数珠ごと持ち上げてあん、とおまいりするのであちらこちらで小さな頭と、じんわり汗ばんだ髪がせわしく上下するのも、いとおしげなならわしです。

 お坊様によるおつとめ(読経)の後は、楽しみにしていた最初のおやつの時間。
 今では袋詰めのスナック菓子などが配られますが、私の小さかったころには、キャラメルや菓子パン、それに蒸し上げてあら塩をふったさつまいもが手渡されて、家に持ち帰り、手洗いもそこそこにぱくついて、また表に飛び出したもの。
 今でも地蔵盆が近づいてきて、お盆あたりではまだ細くて頼りな気だった蘇芳色のさつまいもが、赤紫色にふっくら丸みを帯びてくると、一度は「おいもさんの蒸したん」が、頬ばりたくなってきます。
口中に広がる素朴な甘やかさは、子供時代のつつましい暮らしぶりと呼び合い、引き合って、懐かしさをいっそう膨らませてくれるよう。

 午後になると、世話方の大人たちが、工夫しあった子供たちへの楽しい催し・・・金魚すくいやヨーヨーつり、紙芝居や紙細工、輪なげなどがはじまります。
 それが終わると、これまたお楽しみの福引。子供用には文房具やおもちゃが、大人(家庭)用にはバケツや石鹸などの生活雑貨が、くじと引き換えに手渡されます。
 小さかった私は、まわりの大人たちの「ええもんもろたな」「よかったな」のやさしい声掛けがうれしくて、気恥ずかしくって、とんで家に帰っては、景品と一緒に上気した気持ちごと、祖母に受け止めてもらいましたっけ。
 そのひと昔前は、「ふごおろし」といって、向かい側の家の二階に滑車をかけ、ロープを渡して、ふご(竹やわら、籐で編まれた手付きのかご)に当たった品物を入れ、二階からするすると渡してくださったのだそうで、各路地のなごやかな光景が目に浮かぶようです。

 やがて夕闇が迫ると、夜のお楽しみの盆踊りや、映画会、近くのお寺や公園を使っての胆だめしが行われます。浴衣で床几に腰をかけ、西瓜を頬ばりながら、線香花火の最後の火種を落とすまいと、背を丸めるのもこの時分。花火の終わりは地蔵盆の終わり、また夏休みの、そして夏の終わりをなしくずしに認めてしまうようで、あと片付けをためらって、また祖母にしかられたり。

 今年もそれぞれのお地蔵さんの前で数珠をまわし、花火にはしゃぐ、つたない手つきの子供たちに訪なう夏が、どうぞ、すこやかでありますように。
 子供たちが、お地蔵さんと共に過ごした夏の終わりを、しっかり受け止めながら、上手にあきらめて、なごやかな秋を迎えることができますように。

 地蔵盆が終わるころ、京都の町家は、もうすっかり秋へのしつらえ替えが済んでしまっていることでしょう。



 
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