作者 たきねきょうこ
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北東から吹きつける鬼北(おにきた)の風に、かすかに梅の香が匂い立ちはじめました。
季節は違わず、折々の実を熟させ花を開かせて、自然の営みの確かさ、豊かさを指し示してくれます。
そして、如月。左京区、吉田・神楽岡(かぐらおか)の東側にある東北院にも、「軒端の梅」と呼ばれる白梅が、ひっそりと一重の小さな花を、ほころばせ始めます。
この梅の木は、平安中期の女流歌人として名高い和泉式部ゆかりの白梅とされ、晩年の式部が軒端から慈しんだことが、この名の由来と伝えられています。恋すること、そして何より生きることへの情熱を、溢れんばかりの名歌に託したこの歌人の生涯は、自著「和泉式部日記」からも、ほとばしるようにうかがい知ることが出来ます。
能「東北」(とうぼく)は、ここを舞台に繰り広げられる夢幻能の名作です。
梅薫る東北院を訪れた僧の前にあらわれた女は、われこそ梅の主と名乗り、自ら遺愛の梅であることを告げ、和歌の徳を謡い、歌舞の菩薩へと高められていきます。夢か幻か、式部の霊か梅の精か、あやかしの幻術が解けてみると、後にはほのかに梅の残り香が漂っているばかり。
この東北院は、元は藤原道長が娘の一条天皇中宮・上東門院(じょうとうもんいん)彰子(しょうし)のために建立した法成寺(ほうじょうじ)の中の常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)で、それを後年、彰子に仕えた和泉式部に与えものと伝えられています。中世の兵火によって幾度も類焼し、元禄五年(1692年)現在の地に移され、今に至っています。
見落としてしまいそうな寂寞としたこの小さなお寺で、ひっそりと咲く白梅と初めて出会った五年ほど前、私には、またこの老木が、ひっそりと晩年を送った式部そのもののように想えてなりませんでしたっけ。
今、少なげな花を揺らしている軒端の梅は、何代目に当たるのでしょうか。
それでも、根の周囲が二メートル、七メートルの高さにねじれ上がった幹が、裂けるように三本に分かれた臈長(ろうた)けた老木は、今も根を張り枝を広げて、和泉式部の風雅を偲ばせてくれます。
「年繰りかえす春なれや」
能「東北」地謡の冒頭のように、まためぐり来る春に、しっかりと花を香らす梅の古木のように、私達もありたきもの。
そして、今年(こぞ)の春に、あまたの良きことの多からんことを!
東北院(とうぼくいん)
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説明 |
正式名は雲水山・東北院。
法成寺は創建当時、京都御所の北東側一帯に位置したことから、「東北院」と呼ばれるようになったと伝えられています。また今でも、毎年二月三日の節分会でのみ、「東北」=丑寅 (鬼門)のお札が、授けられています。 |
住所 |
京都市左京区浄土寺真如町83(Googleマップで表示) |
交通 |
市バス「真如堂前」下車 徒歩10分
市バス「岡崎道」下車 徒歩8分 |
情報 |
詳しくは公式ホームページへ |
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